同期会で昔話に花が咲きましたが、誰かが俺の伝説を言い始めました。
よく40年もの前の話を覚えているな?と関心をしました。
俺のおもろい話、伝説は、
毎日、自宅の京都から勤務先の大阪淀屋橋まで乗っていた通勤電車、
京阪特急電車が舞台でした。
その一:特急電車緊急停車事件
会社がある淀屋橋駅から特急電車は京橋まで各駅に止まり、
京都の四条、(終点三条駅)まで約40分間は、どこの駅にも止まりません。
(特急だから当たり前か......)
その頃の京阪電車内には、全くトイレがありませんでした。
仕事を終え、同僚達とお酒を飲んだり、業社さんからの接待で会食したりして、
帰りの電車に乗る前は必ず淀屋橋駅のトイレで
最後の仕事を終えるのが習慣でした。
しかし、夏にビヤガーデン等でビールを飲みすぎたりした時は、
この40分間は苦しみとの戦いです。
一度は、列車と列車を繋ぐ連結蛇腹で我慢が出来ず用を足したり、
最終車両で車掌さんに頼み込み車掌のドアーを空けてもらい、
車掌が俺の腰を抱えそこから放射したりもしました。
もちろん最初は、車掌さんは
お客さんもう少しの我慢ですからとか色々と説得されますが、
もう垂れる、ちびり始めた、車両に水溜り、洪水に成るぞと叫べば、
しぶしぶ協力してくれました。
当時、大阪と京都の中間点の京阪葛葉駅近くは、
高架工事などしており夜遅くから路線工事していました。
工事区間を徐行運転する特急電車の車掌室から
放物線を描きながら小便する快感は言葉で表すことはできず、
夜間ライトで照らされた線路で待機する工事関係者が、
呆れた顔で口を開き俺の一物を眺めて居た事は、今でも忘れません。
本当に悪い酔っ払いでした。
でもさすがに大の方は、小の時のようには行かず、
特に食べ物にあたったり、お腹の調子の悪い時は、どうしようもありません。
とうとう特急電車を停車の予定のない駅に緊急停車させた事もありました。
俺は、当時から演技力と説得力、交渉力が、人一倍強かったんだと思います。
特急電車を緊急停車させたその翌日、
会社の総務部から呼ばれ日立製作所の恥を曝さない様にと強いお咎めがありました。
さすが、総務部。
社員の動向をつぶさに掌握しているという驚きと、
次回からは、社員バッジを外そうと思いました。



