1月7日のブログに掲載した新年の挨拶の中に米国に21歳で渡航した時に使用したスーツケースの写真を掲載しましたが、読者の方から見たことのないスーツケースですねと言われました。
それもその筈、自作のスーツケースです。
日本の海外旅行の自由化は1964年(東京オリンピック開催年、東海道新幹線開通年)4月にスタートしました。当時の外貨持ち出し制限は、US$500(360円固定相場)で銀行に行き両替したらパスポートに両替済みと記載されました。俺が渡航した74年もUS$500のみで 腹にさらしを巻いてその中に闇で買ったUS$と日本円を入れ込んで行きました。
海外旅行時代が始まるとまず購入するのは、スーツケースですが、日本のエース株式会社が米国のサムソナイト社と技術提携し製造販売したのもこの年からでした。
当時のスーツケースは、横型で キャスターも付いていませんでした。
日立製作所に18歳で勤務し、サラリーマンには向いていない自分を発見し米国に行こうと決めたのが1972年でした。
信念を曲げない為にも即、スーツケースを買い毎日眺めて気合を入れようと思いましたが、あまりにも高くて買えず、やむを得ず自作する事にしました。
購買課に勤務していた日立製作所の取引先に、アルミ関連を製造、販売している会社があったので軽くて丈夫なジラルミン製の箱を購入してそれをスーツケースにし、底にキャスターを付けました。
今では、有名ブランドに成ったエースのスーツケースですが、キャスター付きのスーツケースを製造販売したのは、俺が自作した同じ年の1972年だと後で判明しました。
キャスターも勿論、今の高級スーツケースに使用しているジュラルミン製のスーツケースは、俺が世界で始めて開発し、利用していたと自負しても良いと思います。
この自作したスーツケースの為、ハワイの税関で今まで見たことのないスーツケースなので麻薬等を隠し持っていると思われ徹底的に調べられました。
何も出てこなかったので 税関員は、このスーツケースは日本で販売しているのかと俺に聞き、俺が自作したと言うと親指を上げて“GOOD JOB”と言われました。
パテントでも取っておけば……???$$$$と思うこの頃ですが、そんなスーツケースなのでSINGAPOREにきた時のワイシャツと一緒に今でもKEEPしています。
コメント (1)
あのトランクは今でもすごくカッコイイと思います。今は収納とかをうまく見せるコツとしてトランクに収納して、そのままポンと置いておきたいですね。
投稿者: TAKE | 2010年03月24日 17:41