2009年8月アーカイブ

おくりびと 3

それは、日本人観光客で 65歳のお母さんと息子さんが、7日間、12都市巡り強行欧州旅行の帰りにSINGAPORE経由で帰国する旅の途中で、お母さんがSINGAPOREに着陸する寸前に機内で亡くなりました。
航空会社からと大使館から深夜に電話があり、遺体の輸送を頼まれましたが、その夜は深酒していた為、出来ればそのままの状態で日本まで飛行機で運べばとまで言ってしまいました。乗客や息子さんの事を考えれば不謹慎な言葉でした。

とりあえず空港に行き、病院まで運び医者の死亡診断書など手続を行いました。一連の処理を行った後に俺の不謹慎な言葉を息子さんになじられたので 俺は好きで遺体の輸送をしている訳ではないし、ビジネスとしてやっているんじゃないぞ?声を上げました。
親子で仲良くヨーロッパを旅行し、最後の死に目まで一緒にいることができるのは幸運で、更に旅行保険で3千万円もの大金が入って来るのだからこれほどの幸せはないぞ、とまで言いました。

観光客の方の分まで『おくりびと』になってしまっていたので 当時は観光客がスミングプールで溺れて亡くなったり、更には溺れる人を助けるために2人とも亡くなったり、ハネムーンで来た新郎が、プールに飛び込み首の骨を折り亡くなったり、ホテルの部屋で何者かに殺されたり、自殺したりと、嫌な理由で亡くなった方の遺体の輸送が数々と出て来ました。

中には遺族が遺体の引取りを拒否して、SINGAPOREで焼くなり土葬にするなりして下さいとまで言われる人まで現れたり、遺体を親族以外の人と取り合いになったりする人と、色々な人間模様を見ました。
そんな経験があるからこそ、お母さんを旅の途中で亡くされた息子さんを見て、ラッキーだと言ってしまったのです。

極めつけは、折角遺族の事を考え、亡くなられた人の事を思い、色々と手配したにも関わらず、遺体輸送費を支払わない人まで現れました。
そして夢の中には死神が現れ、「もうこれくらいでええやろー、お前が死んだ時、友達が多すぎて地獄に落とせんわ」と言われ、これで遺体の輸送、『おくりびと』とは、申し訳ないけれど縁を切りました。

おくりびと 2

遺体の輸送、『おくりびと』をした後は、食事もしたくなく、まして焼肉、刺身などは喉にとうりませんでした。
死とは何か? 生命とは? とか考えているうちに、どうせ人間、何時かは死ぬのだから......明日死ぬかも知れない恐怖にビビり始め、気持ちが落ち込みました。遺族の引越をその後しなければならず、いくら海外引越がビジネスとは言え、栄転される家族の引越と違い、遺品の整理も兼ねての海外引越は、辛くて辛くて、遺族並に涙を流して仕事をしていました。
時には夢にまで死顔ができたこともあり、全ての業務が終わっても1ヶ月間程度は、仕事に手が付かなく上の空、虚しい日々でした。
 
しかし、遺族の方から感謝、お礼の手紙をもらう内に 一度限りの命をどう生き抜くのか? 生命の不思議と命の大切さを感じ、両親、家族に今存在している事、生きている事に感謝できました。命がいかにはかないか、そして尊いものかを知り、この世に生まれた証をビジネスで成し遂げたと強く思いました。 
そうこうする内に またも日本人の方が病気で亡くなられ 遺体の輸送を頼まれました。更に工事現場で事故に遭遇した人、ゴルフ場からの帰りのバスから振り落とされ亡くなられた人など、駐在員だけでなく、観光客で亡くなられたの人まで頼まれてしまい、とうとう2?3ヶ月に1回ぐらいの割合で『おくりびと』になりました。
 
ある会社では、首席駐在員が、突然原因不明の病気で亡くなり、後任の方が決まる間での間、前任者の方が直ちに再赴任されましたが、この方も心臓の異常でまもなくして亡くなられました。
残された社員は、不安になりこれは、絶対事務所、会社が呪われていると、会社に来なくなったり、同時期に亡くなった二人の上司に仕えた日本人駐在員も私が悪魔の使いかも知れないとまで 思い始めました。
そこで色々な祈祷師を手配しその呪い解いてもらう事までしましたが、あまりにも多くの祈祷師を手配したせいかどうか解りませんが、その後この親会社は、他の会社と合併になり、更に会社名が変わり最後には、その会社の名前も亡くなりました。
 
そんな死に対して慢性状態が続いた時に事件が起きました。