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腕時計

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ベル、家具類のコレクション以外に子供の時から集めているのは腕時計です。 最初に購入した腕時計は、シチズン製の時計で、小学校5年生の時から新聞配達を始め、6年生の時(1965年)に月賦で買いました。
新聞配達は、朝刊だけでなく夕刊も配達していました。

朝は、家の目覚まし時計で4時30分頃に起床し、配達店で折込チラシを自分の配達地域だけでなく、他の人の地域分までチラシを折り込み、少しでも多くバイト代を稼ぎました。

夕刊は、学校の授業が終わった後、配達店に行き新聞を配達していましたが、授業が終わった後、友達と一緒に運動場で遊んだりしていたので、どうしても店に行くのが遅れがちになり、よく怒られていました。
いくら家庭の事情によりバイトをし、家計の足しになるといっても、遊び盛りの小学生にとっては、日曜日以外、毎日毎日(当時は、元旦と子供の日だけが新聞の休刊日で、現在のように毎月の休刊日はない)午後3時過ぎに、仲間と別れるのはとても辛かった。

1965年に山田太郎が歌った歌謡曲、『新聞少年』の歌詞さえ「朝刊太郎」ですが、俺は、朝・夕刊ともに配達していたので「朝夕幹雄」です。

ある時、友達と学校の外で遊びにほうけていて、1時間以上も遅刻をしてしまい、親方が俺の代わりに夕刊を代理配達しました。現在のように携帯電話などない時代なので、店に連絡も出来ません。
親方は、俺が何処か体の調子でも悪かったのか また、何かの事情で遅刻したと思っていたようでしたが、ズボンの汚れ方を見て『何時まで遊びほうけているのか』と怒りました。

俺は両手を大きく伸ばして、「学校の校舎に掲げてある時計はこんな大きいので、進むのが遅い」と言い訳したら拳骨を食らい、バイト代も削られました。

それ以来、遅刻するのが嫌で 自腹で腕時計を買いました。
44年以上も昔の話なので、腕時計は贅沢品。まさか小学生が腕時計をして通学してくるとは誰も想像していなかった様で、学校でも問題になりましたが、俺の家庭状況を考量して許してくれました。

それ以来、チクチクと俺の心臓と連動するように動く時計が好きになりました。
貧しい家庭に生まれようが、裕福な家に生まれようが、学歴が低かろうが、高学歴であろうが、IQが低かろうが、高かろうが、日本に住もうが、アメリカに住もうが、誰にとっても平等に1日は24時間、1440分、86,400秒で、時計の長針と短針が24回重なる。そんな公平な時間を1秒、1分、1時間大切に生きて生きたいとも思いました。

これまでコレクションした時計は、CITIZENからアメリカで買ったLONGINESに始まり、TAG HEUER、HAMILTON、ROLEX、CARTIER、CORUM、CONCORD、JAEGER-LECOULTRE、PIAGET、AUDEMARS PIGUET、GIRARD-PERGAUX、CHOPARD、CHAUMET、PATEK PHILIPPE、BVLGARI、FRANK MULLERと続いています。

なかには、定価が1000万円以上する物や、世界で9本しか製造されていないレア物、アンティークの物までがありますが、腕はたった2本しかないのによくここまで収集したと思います。

俺が生きている証が、腕時計なのかも知れません。

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2009年07月08日 14:10に投稿されたエントリーのページです。

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