鶴笑師匠のお笑い番組
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俺がDJをする番組をつくりたかったのですが、なかなかよい案が浮かばない時に、日本から吉本興業に所属する笑福亭鶴笑師匠が家族を連れてSINGAPOREに移住(転勤でもないし……)されて来ました。
奥さんは教師の免許を持っておられるので 即就職が決まりましたが、鶴笑師匠は、手に職もなく免許もなく、ただただ口だけが職の噺家なので なかなか稼ぎに繋がりません。
日本人が3~4万人しか住んでいないSINGAPOREで どうして日本の落語家が生計立てていけるのか? よくぞ家族揃って当地に暮らし始められたな~と感心しました。
そんな鶴笑師匠をスタジオに招きインタービューをして、当地に吉本興業所属の芸人が居てまっせ~と紹介。ついでに、師匠には「さすが吉本の芸人、素晴らしい」と褒めちぎり、俺と二人で毎週演歌の番組を放送しましょうと持ちかけました。
但しギャラは、スポンサーが付くまではなしと持ちかけると 吉本興業も金には酷い所だが、その上前を行く興行興行師が海外にいたと嘆かれましたが、同じ関西人同士意気投合して番組が始まりました。
鶴笑師匠は、当初素人相手に番組なんて何をけち臭い……名前が売れればそれでよし、という感じでしたが、録音は一発取りで編集なし、下打ち合わせ等を一切せず すべて俺が仕切る事にしました。
俺は、週ごとに事前にテーマを決め 話の落ちを作り、準備万端で望みました。
番組では、いつも話のおいしい所を俺に持っていかれるので 鶴笑師匠も俄然芸人魂を燃やし始め、駄洒落の連発に次ぐ連発と、演歌の番組がお笑い番組に変わってしまいました。
そうこうするにうちに鶴笑師匠も海外で売れ始め、日本大使館からの援助もあり文化省から国際文化交流芸能人として認められ英国に移住する事になりました。
師匠曰く 「落語は、舞台に座るだけで 英国のスタンディングコメディーに殴り込みや~」とで、俺の所にいた元DJも賛同し退職して一緒に英国に行きました。
昨年英国で再会しましたが、元DJは、笑福亭笑子と芸名を貰い、お笑い芸人のプロの道を歩んでいます。