俺の永遠の憧れ
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俺の永遠の憧れ、尊敬するロッキー・青木氏が、7月10日に69歳の生涯を閉じられました。
俺が34年前、21歳の時に渡米したのも、アメリカンドリームを実現したロッキー・青木氏の自伝を読んだからです。
ローマオリンピックにレスリング代表選手として出場、その帰りにニューヨークに立ち寄り、スラム街で起こしたアイスクリームの移動販売事業で成功します。
その後、火鉢ステーキを考え出して、伝説の鉄板焼きレストラン『べ二ハナ オブ 東京』をオープンさせ、シカゴやサンフランシスコ、ロサンゼルス、フロリダと次々に広げて行き、TV番組やTIMES等の雑誌の表紙を飾りました。
米国で大成功した実業家、億万長者で、ガス気球で太平洋横断や高速モーターボートなど人のやらないスポーツ、冒険に挑戦した人です。
裸一貫で、海外で成功したロッキー・青木氏みたいになりたいと思い、何が何でも米国に渡り、彼をお手本にして俺も成功の階段を登ろうと思いました。
ロサンゼルスに到着して すぐに『べ二ハナ』に行きましたが、金が無いので玄関先をうろうろしていました。
もしかしてロッキー・青木氏氏と出会えて、弟子にしてもらえるのではないかとの思いもありました。
TVでは、『べ二ハナ』のCMが流れていて、それを目にしたとき、ナイフを巧みにあやつり、食べる日本食から見せる日本食に変えた、彼のレストランの鉄板焼きシェフになろうとも思いました。
彼との出会いは、俺がアジアで成功した後、タイのバンコックで『ベニハナ』を開店日に会う事が出来ましたが、既に肝臓を痛め(ボートの事故による輸血でウイルスが入ったため)、可愛いそうなぐらい痩せ細せていて、昔の印象とは大違いでした。
そんな素晴らしい人が、亡くなり ショックでしたが、7月31日号の週刊新潮にロッキー・青木氏の暴露記事が出ていました。
死人に口なしですが、ロッキーが作った全てを否定する記事でした。
ローマオリンピックにも出場せず、最初に開店した店に資金は、既に日本橋で紅花と言うレストランを経営していた彼の父親が出し、母親、兄弟が経営を手伝いしていた事など等……。
俺が、今まで抱いていたロッキー・青木氏を根底から覆す事ばかりに内容でした。
記事は、弟の暴露ですが憎しみがいくらあってもここまで書くか? と言う感じです。
でもいくら真実、真相が書かれていたとしても、俺は、ロッキーに近寄ろう、ロッキーを超えようと日々精進して来ました。
だから俺のロッキー・青木氏は、永遠に不滅です。
心からロッキーに哀悼申し上げます。