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オランウータンビール

多くのビジネスを試みました。当然ながら大きな失敗もありました。

吟醸酒を日本各地から取り寄せた酒蔵レストランを経営しながら、
『鑑定利き酒士』の称号を取り、さらにお酒の製造方法も
学んで行く内に漫画の『夏子の酒』にも影響され、
自分でも酒作りをしたくなりました。

でも常夏のSINGAPOREでは、米の収穫を含め不可能な事ばかり。
そこで、欧州で人気があり、まだ日本では解禁になっていなかった、
『地ビール』『マイクロブルワリー』を考え、投資家を集め、
カルフォルニアから醸造士を獲得して
『ZOUK(ズーク)』(シンガポールで一番有名な老舗大型クラブ)
の隣のレンガ作りの倉庫に地ビールの製造工場とビヤホールを
作りました。

地ビールのブランドは、東南アジアを連想させる為、
またオレの名前をどこかに入れたかったので、
森の人、『オランウータンビール』としました。
地ビールの発想は、良かったのですが既存の大手ビール会社との
問題、政府とのライセンス交渉(新規ビジネスである事、酒税問題)
等に時間を費やしました。

丁度日本でも規制緩和でマイクロブルワリーが出来るようになる
寸前でしたので日本各地からも注目を集め、調査に来れれた
吟醸酒酒造メーカーの方々もおられました。
冬場のものである、日本酒製造では、若手を年間雇用するのは
難しい為、夏は地ビールの製造、販売、冬は日本酒の製造、販売と
多角化を考えるメーカの人たちで、オレがビール会社を設立している
事に大きく驚かれオレの鼻も人一倍高くなった様な気がしていました。

でも月日が経つにつれて株主、取締役との意見の相違が目立ち始め、
ビールを製造、販売まで成し遂げましたが、資本金を食いつくし
多額の負債を抱えてしまいました。誰も追加の資本金を入れないので
とうとう家賃を滞納して工場とビヤホールが、閉鎖されてしまいました。

お陰で世界一高いビールを飲んでしまいましたし、ビール製造の夢も
見事にビールの泡と一緒に消えてしまいました。

それ以来、『他人と一緒に会社を起こす気になれない後遺症』が
残っています。

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2007年05月29日 19:22に投稿されたエントリーのページです。

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