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波乱万丈

「今まで波乱万丈の人生を過ごして居らっしゃいますね」と
良く言われるのですが、本人は、そんなに波乱万丈とは
思っていません。

人より多少、大波、小波と落差のある波を受けているのは
間違いありませんが。。。そう思えるのも幼年期に他人より苦労
(今から考えると有難い試練)をしたからだと思います。
お陰で 早くからビジネスを体で覚える事が出来ました。

家が代々婿養子を貰う女系の家系で父親も婿養子、絵書きの
お祖父さんもです。そんな家系でやっと跡取り長男息子の私が
生まれた時は、母は、安堵とご先祖様に胸を張れると言ったとの事。

でも色々な問題があり、家庭は貧困状態で小学3年生の時に
母が大病し長期入院生活しました。
卵一個が、一家6人の夕食のおかず
(大きな鉢に卵を溶き、此れにメリケン粉と水、醤油を混ぜた後、
ご飯を入れかけ混ぜる)という時が多くありました。
自分の欲しい物が、全く買って貰えず、学校給食だけが
唯一の楽しみでした。

そんな中、どうしても皆のように自転車が欲しくなり
小学4年生の夏からラムネ工場で空き瓶を洗うバイトをしました。
バイトのお金は、高が知れていました。
しかしオレは、ある方法で稼ぎを増やしました。
その方法は・・・。

ラムネのビンが割れると、内にあるビー玉が出てきます。
工場のドブ掃除をして、「ビンが床にあると危ないので捨てて来ます」と
言い、このビー玉を貰って帰りました。
そしてその手に入れたビー玉を近くの子供達に売り、
お金に換えました。
廃棄処分品を手に入れ再販する事を実体験したのです。

このバイトとビー玉のお金だけでは自転車は買えないので、
くず鉄屋さんに行き、中古の自転車の部品だけを譲る受けました。
女性用の自転車、蕎麦屋の出前用の自転車、子供用、大人用、
スポーツ用と色々な部品を組み合わせブレ-キは、一つだけ、
車輪のカバーもない、サドルだけが大きい
自慢のオリジナル自転車を組み上げました。

それから天体望遠鏡が無性に欲しくなり新聞配達を5年生の時から
朝、夕刊の配達を雨が降ろうが雪が降ろうが毎日続けました。
今でこそ、朝刊は月に1回休刊日が有りますが、
昔は、子供の日とお正月だけが休刊日でした。

それ以来、親に金を渡した事は有りますが、
親から金を貰った事はありません。
 

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2007年03月24日 19:43に投稿されたエントリーのページです。

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